スポンサードリンク



2009年08月16日

もくじ

はじめに・・・
吉田松陰との出会い

吉田松陰の生涯
吉田松陰幼少期
吉田松陰遊学により見識を広める
吉田松陰 牢獄生活1
吉田松陰 牢獄生活2

吉田松陰の名言
吉田松陰の名言1
吉田松陰の名言2
吉田松陰の名言3

吉田松陰が好んで使った言葉
吉田松陰が好んで使った言葉
吉田松陰が引用した言葉
禍の後には福が来る

吉田松陰の父、杉百合之助からの言葉
吉田松陰の父杉百合之助からの言葉

松下村塾について
吉田松陰最大の功績、松下村塾について
松下村塾と門下生


吉田松陰ゆかりの地
松陰神社にお参りしました


リンク集
肉離れ
筋肉痛
尿管結石
有酸素運動
安全標語
フットサルチームFC SOLEオフィシャルサイト

【はじめに・・・の最新記事】
ニックネーム ロン at 04:28| Comment(1) | はじめに・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月31日

松陰神社にお参りしました。

今回は、松陰神社について書きたいと思います。


■松陰神社ができるまで・・・。
松陰神社は、吉田松陰が安政の大獄で処刑された後に門下生によって立てられました。当初、吉田松陰の墓は小塚原の回向院というお寺ににありましたが、文久3年1863年、安政の大獄の4年後に高杉晋作らの門下生により現在の場所に移されました。そして、明治15年11月21日に墓の横に松陰を祭る神社が創建されました。さらに昭和に入ってから造営され現在に至っているそうです。

■なぜ吉田松陰の墓は移動されたのか?
なぜ世田谷に移ったのかというと、そこはかつて長州藩主の別邸があったからだそうです。しかしなぜ、小塚原ではいけなかったのかと思い小塚原について調べてみました。

■小塚原刑場
小塚原のことを調べてすぐに納得できました。
小塚原という場所は現在の荒川区南千住2丁目あたりのことで、そこには
処刑場があったそうです。安政の大獄にて処刑され吉田松陰の遺体は近くにあった回向院というお寺に埋葬されたそうです。松陰の門下生たちが改葬しようと思うのも納得できます。また、吉田松陰が門下生たちから尊敬されていたということもよくわかりました。

■回向院とはどういうお寺?1667年本所回向院の住職である弟誉義観(ていよ・ぎかん)が小塚原の刑場の有様を見て隣接する場所に常行堂を建設しました。当時の小塚原刑場は死体を丁寧に埋葬しなかったので野犬やイタチの類が食い散らかして地獄絵図のようになっていたそうです。それを見かねて造ったお寺が南千住回向院になったというっわけです。その後杉田玄白が刑死者の解剖に立ち会った場所でもあります。

■松陰神社の行き方
松陰神社への行き方は、いろいろあるようですが私は世田谷線で松陰神社前という駅まで行きそこから5分くらい歩きました。

松陰神社前駅.jpg松陰神社前という駅はとても小さな駅でそこを降りると商店街になっています。その商店街を5分くらい歩いていくと鳥居が見えてきます。そこが松陰神社です。
松陰神社鳥居.jpg
また吉田松陰のことや松下村塾のこと、松陰神社の説明が書いてある看板を読み中に入ると左手に吉田松陰の銅像がありました。一番奥に本社がありその脇におみくじなど売っていると所がありました。そのあたりまでは普通の神社という感じなのですが、もっとも特徴的なのは松下村塾を復元した建物があるところだと思います。小さな木造の建物でとても質素な感じでした。また、吉田松陰の銅像の裏手当たりに吉田松陰のお墓がありました。激動の時代に日本を命がけで守ってくれた吉田松陰に感謝の心を込めてお参りしてきました。
松下村塾内部.jpg
松下村塾外観.jpg

サイト紹介
太陽光発電施工業者一覧はこちら



ニックネーム ロン at 18:15| Comment(0) | 吉田松陰ゆかりの地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月13日

吉田松陰の名言2

血気(けっき)もっとも是れ(これ)事を害す。暴怒(ぼうど)また是れ事を害す。
血気、暴徒を復職する、その害さらに甚だし(はなはだ)


意味は、
血気はは最も事の成就を害してしまう。怒りに任せた暴発も同じである。しかし最も悪いのは、血気にはやるふりや怒りにもとづく暴発をしているように見せかけることである。
といったところだろう。

血気とは若さなどの本能的な勢いや元気に任せたことを言い、暴怒とは何が正しい道かなどを考えずに怒ることに酔って狂うことをさすとしています。

このような行動はやろうとしている大事なことをを一瞬にしてだめにしてしまうことになるとして批判しています。

さらに吉田松陰は何も考えずに面白そうだからとか自分の力にまったく自信のないものが自分の存在感を出したいがために群れてあおって喜ぶような者もいるがこちらはもっとも世の中に害を与えることであるといっています。

幕末という時代は、若者が命がけで国の行く末を考え行動した時代ですが、中には、志を持たない偽者の志士もいたようです。
いつの時代もおんなじなのだなぁと感じました。

自分はどうだろう?

ちょっと自信がないけど、・・・

テレビを見ていると、連日いろんな問題が映し出されています。

環境問題、幼児虐待、殺人、教育問題、拉致問題、雇用問題、年金問題・・・

ちょっと思い出すだけでもどんどんあがってきます。

それらがテレビなどで放映されるたびに怒ったり、意見を述べたりしていますが、時々疑問を覚えるときがあります。

マスメディアによってさまざまな情報が次から次えと入ってきますが、
その情報の種類が増えている一方で内容が薄くなっているのではないかという気がします。

例えば教育の問題では、体罰を行った教師を教育者として問題視しているようですが、本当に体罰はやってはいけないことなのでしょうか?
子供が悪いことをしたときは時として体罰を与えなくてはならないこともあるのではないでしょうか?どういういきさつで体罰が悪くなっていたのかというところまではなかなか知ることができません。
雇用問題や年金問題、医療の問題なども同じようなことがいえるのでしょうか?そういった薄っぺらな情報の中で自分たちはそれぞれの問題を考え良い事なのか、悪いことなのか考えていかなければならない環境にあるのだと思います。

世間一般的な意見に流されて怒ったりするのは気をつけなければならないことだと思います。

そうはいっても、幕末に比べればずいぶん生きやすい時代になっていると思います。現在の社会問題で暴動がおきたり戦争がおきたりすることは今のところありません。しかし、今後もずっと平和な日本でいられる保証もありません。

松陰は儀のための勇気に元ずく行動が大事だと言ってます。
今の時代自分に何ができるかまったくわからないし、何もできないかもしれないけれど、この言葉は頭の片隅においておかなければいけないと思いました。

サイト紹介
太陽光発電一括見積もり施工業者一覧(千葉編)



ニックネーム ロン at 20:30| Comment(0) | 吉田松陰の名言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

posted by 269g